磁石

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所属事務所:ホリプロ
メンバー  :佐々木優介(1980年3月31日生まれ・A型・ツッコミ)
        永沢たかし(1979年12月28日生まれ・O型・ボケ)


日本映画学校で知り合い、2000年磁石結成。コンビ名は2人のイニシャルが「SASAKI」と
「NAGASAWA」である事から来ている。

佐々木が青、永沢が赤のシャツの上に上着を着たスタイルが定番(以前は『G-shack』のロゴの
入った赤と青の長袖シャツだった)だった(2010年M-1まで)。2011年のTHE MANZAI 2011以降は
と白のシャツに佐々木が青、永沢が赤のネクタイになっている。
初仕事は週刊誌「FLASH」の企画で、風俗店に行き、風俗嬢たちのバストを足して2000cm測る
企画だった。
初舞台は、人力舎主催の「バカ爆走」の若手勝ち抜き戦コーナー。初舞台を迎える一週間前から
永沢が佐々木の家に泊りこみ、毎日50回くらいネタの練習をした。
吸っている煙草はともにマールボロ。
2008年4月末に三木プロダクションを退社し、6月中旬ごろにホリプロコムに所属。
同年6月19日の「ドライブインナガサワ」にて報告された。
M-1グランプリにおいて、2003年から2010年まで毎年準決勝に進出するも、決勝進出は叶わなかった。
チャド・マレーン(旧ジパング上陸作戦)、とろサーモンと並び敗者復活戦最多出場記録(8回)。
メンバー達は「M-1に踊らされた」と語っている。
2010年7月に行われた「磁石漫才ライブワールドツアー最終公演」では15本のネタを一度も締めず
90分間やり続けるノンストップ漫才を披露した。
THE MANZAI 2011において認定漫才師50組に選ばれる。本戦サーキットでは2回の出場で3位と2位と
好成績を残し決勝進出を決める。各サーキット会場では上位3組のみ発表されるが、2回の出場とも
上位3組に入ったのは磁石を含めパンクブーブースリムクラブのみ。
決勝ではグループAに入ったものの、ナイツに敗れてグループ2位で敗退した。

ネタの設定、流れ、構成などは基本的に永沢担当で、家で一人で作ることが多いが、佐々木と
二人で喫茶店でネタを考えることもある。


【受賞歴】

2003年、2005年 お笑いホープ大賞決勝進出。
2003年~2010年 M-1グランプリ準決勝進出。(2010年予選順位15位)
2011年 THE MANZAI 2011決勝進出。




【パーソナルデータ:佐々木 優介】

広島県呉市出身。和庄中学校→武田高等学校卒業。
実家は寿司屋。
ニックネームはササキング、キングなど。
4歳年下の弟が居て、「伝承遊戯」というバンドでドラムを担当している。
3歳から中学進学前まで水泳を習っており、中学入学後はバスケットボール部に入部。
当時は身長が148cmしかなかったが、その後成長し、現在は184cmとなっている。
入院した永沢の見舞いに行った時、名簿の患者との関係の欄に『相方』と書いた。
高校生のとき同級生と「年中無休(ツッコミ役)」と言う名前でコンビを作り、学園祭更には
呉市内の老人ホームでもコンビでコントを披露したことがある。後述の件は地方紙でも
取り上げられた。「年中無休」は学内でも有名になり、学園祭では学校長が聴くほどの人気で
会場の教室を埋め尽くしたほど。この活動の実績を肩書きに相棒と早稲田大学の推薦入試を
受けるも揃って不合格。高校卒業後、相棒は他大学に進学し別々になり解散した。


カバチタレの作者(原作、作画ともに呉市出身)と遠い姻戚関係にある。
母親は地方局の元アナウンサーで、ホリプロコムに移籍して単独ライブを行った際、
ホリプロコムの社長が打ち上げの席で佐々木の母親を指し、「あの女を紹介しろ」と言ってきた。
永沢曰く、ツッコミよりボケのほうが得意らしい。

愛されたい願望が強いらしく、相方よりも人気が欲しく、バレンタインのチョコや
誕生日プレゼントの数が相方より少ないと激しくへこむそう。

器が小さいとよく言われる。

【パーソナルデータ:永沢 たかし】

秋田県秋田市出身。将軍野中学校→秋田県立秋田高等学校卒。
本名は永沢喬之(たかし)だが、たかしと読んでもらえない為、芸名はひらがなにしている。
トリッキーな動きと言動、眼鏡が特徴。別名「磁石のN」
パチンコが趣味で得意。そのため番組や雑誌に出演することもある。
髪の色は茶髪。染めてはおらず地毛である。
ネタは永沢が作成。
視力は両目とも0.02。
7歳下の弟がいる。
見た目から文化系に思われがちだが、文武両道で小学生の時は野球部、中学生の時は
バスケットボール部、高校生の時はスキー部に所属しており、体育の成績も5や4を取っていた。
頭も良く中学生の時は学年トップを取るほどの秀才だったが、生活態度の面でよく怒られていた。
出身高校は秋田県で屈指の進学校である。
前述の様に急性虫垂炎で入院した事がある。出番前に痛み出して、のたうち回り、本番15分前まで
楽屋で横になっていた。退院後もしばらく痛みが治まらず大変だったという。元から悪玉菌が腸に
溜まりやすい体質らしい。
アルコールにとても弱い。単独DVDで焼酎の水割りを飲まされるが、1杯を飲むのに苦労した上、
1杯しか飲んでいないにもかかわらず、その後まっすぐ立つことすらできないほどに酔った。
この状態で行われた漫才(『酔漫』と称される)はある意味凄まじい内容となっている。
結婚を前提に付き合っていた彼女がいたが、なかなか売れない磁石の先行きが不安、
という理由から2007年M-1グランプリ準決勝の直前にフラれたとのこと。

自らのブログで芸歴10年前後のライブを中心に活動するコンビを集めたユニットを作る事を呼び掛け、
「FKD48」を立ち上げた。その後行われた第1回総選挙では1位になり、センターを獲得した。
因みに「FKD48」の「FKD」とは、「吹き溜まり」の略である。
キングオブコメディの「就職祝い」と言うネタに登場する高橋健一演ずるわがままな後輩は、
永沢をモデルにしている。
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