森三中

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所属事務所:吉本興業
メンバー :大島美幸(1980年1月30日生まれ・O型・ボケ)
       村上知子(1980年1月2日生まれ・O型・ツッコミ)
       黒沢かずこ(1978年10月17日生まれ・O型・ボケ)

 
1998年結成。東京NSC4期の同期生として出会う。同じ東京4期生にはロバートインパルス
POISON GIRL BAND、椿鬼奴がいる。

トリオ名「森三中」の由来は、黒沢の出身校「勝田三中」と村上の出身校「森中」をたして名付け
られた。(結成当初は黒沢と村上のコンビで、ピンで活動していた大島が一人では限界があると感じ、
コンビに入れてもらいトリオとなった。)

2001年、『進ぬ!電波少年』の企画「15少女漂流記」に黒沢が参加。無人島脱出に成功し
久保田利伸プロデュースでCDデビューも果たしたが、全く売れなかった。

森三中がブレークしたきっかけは、2000年12月放送『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』
に3人で出演したことである。「ハイテンション ザ・ベストテン」に出演して注目を集めたことを
きっかけに、大島が浜田雅功に猛アタックをする企画が計4回放送された。
(浜田への求愛企画は、上記「15少女漂流記」で黒沢不在のため大島と村上の二人で始まり、
後に黒沢が合流)

最近はトリオだけにとどまらず、3人それぞれ単独または3人のうち2人での番組出演も多い。



【パーソナルデータ:大島美幸】

栃木県那須郡黒羽町出身。栃木県立黒羽高等学校卒業。
小中学校時代はひどいいじめにあっていた。プールで裸で泳がされる、裸で土に埋められる等、
陰惨かつ壮絶なものだった。当時のあだ名は「ウンコ」。そこで意を決して中学時代いじめっ子に
「なぜ、いじめるのか?」を問うと「お前が泣くとおもしろいから」と言われたことを契機に
「私が泣くとおもしろい→私が笑わせている」と心の持ち様が変わり、いじめを克服した。
その後、当時のいじめっ子から吉本総合芸能学院 (NSC) を紹介され芸人を目指した。
それまではスタイリスト志望だった。

中学校時代はバスケットボール部で、そこでも先輩からの激しいいじめにあっていた。
小中学校時代のいじめがトラウマで、無視されることが嫌い。
U字工事の益子卓郎とは、幼稚園と小学校、中学校が同じ幼なじみであり仲良しで、益子が大島の
先輩である(1歳違い)。
高校時代は自転車通学で、夏に大きな赤い麦わら帽子をかぶっていたら、
「赤い帽子をかぶったヘンな男がすごいスピードで自転車で走り去っていった」と町内で
大騒ぎになった。学生時代、大田原市にあったチェーンストアのサティにプリクラが設置された
ときは町内が大騒ぎになり、大島は原付を5、6台連ねて撮りに行ったという。


夫である構成作家鈴木おさむとは交際0日で結婚した。飲み会で酔っていたせいもあってか、
鈴木が初対面の大島に向かって「結婚しよう」と言い、大島も「いいっすよ」と芸人のノリで
返していた。しかし、会うたびに鈴木から「結婚しよう」と言われ続け、当時鈴木には彼女が
いたことから(その後、別れている)大島も精神的に参ってしまい、見かねた村上が鈴木に電話で
注意したほどである。ちなみに大島は、鈴木の電話番号を婚姻届を提出する日まで知らなかった。
婚姻届を誤って税務署の時間外ポストに入れてしまった。
結婚後は鈴木の高級マンションで暮らすようになる。だが最初のころ、自分の下着は鈴木に見られ
るのが恥ずかしく、コインランドリーで洗っていた。
交際0日で結婚した為、大島は結婚当初は緊張しっ放しでなかなか打ち解けれなかった。ある日
外食した後の帰り道で腹痛を起こし、夫の前で大便をしたことがある。その時鈴木は、他人に
見つからないようにそばにあった新聞紙で隠してくれた。これが鈴木に心を開く一因となる。
現在は夫婦で交換日記をしている。
2009年11月22日、鈴木とともに「パートナー・オブ・ザ・イヤー2009」に選出された。
一度流産している。
テレビ番組では女を捨てた相当な汚れ役を演じることも多いが、おならなどをしてしまい顔を
真っ赤にするなど恥じらいの部分はもっている。


【パーソナルデータ:黒沢かずこ】

茨城県ひたちなか市出身。水戸短期大学附属高等学校卒業。
デビュー当初は本名で活動していたが、「宗子」が「かずこ」と読みにくいためか、名前を
ひらがな表記に変更した。
一人っ子で、実家は食堂喫茶「まわたり食堂」を経営している。バブルの頃は繁盛し裕福な
生活を送っていたが、「両親がパチンコにのめり込み、お昼時に「準備中」の看板を掲げ、
後に客足が遠のいた」と本人が語っている。オリジナルメニューとしてコーンポタージュに
麺が入った「ポタージュラーメン」がある。

素人時代から大のお笑いファンで、よくお笑いのライブを見に上京していたという。
ダウンタウン松本人志のライブビデオ「寸止め海峡(仮)」の「恩返しされた男」というコントで
真っ先に「板尾さーん!」と叫んでいる観客は黒沢である。また増田英彦(ますだおかだ)に、
「将来は芸人になりたい」と綴ったファンレターを送り、返事を貰ったこともある。
さらに、関東地方に住んでいるにもかかわらず、『MBSヤングタウン』などを聞くためMBSラジオ
に周波数を合わせたり、有線でクリアな放送を楽しんでいた。

人格を幾つか演じることがあり、くーちゃん(11歳)、くろちゃん(17歳)、
くろさん(33歳、ゴシップ好き)がある。

ゴミ屋敷と評されるほど家が汚く、ホコリが原因で肺炎にかかったこともある。しかし本人に
自覚はないようで「家にゴミなんてない」と言い切り、ゴミ屋敷ぶりはますますエスカレート
している。売れない頃は借金もあった。
幼少時は多忙な両親に朝食を用意してもらえなかった事で、中学2年までその存在を知らず
親にその事を告げると「バレた?」と言われたという。
お笑い芸人が出演するラジオ番組の聴取を趣味にしており、芸能人となってからも様々な番組の
コーナーに匿名でメール投稿している。TBSラジオのJUNK、JUNK2筆頭に文化放送、
オールナイトニッポンまで愛聴しており、ゲストとして呼ばれることも。ペンネームは、
癒し系な感じで読まれるようにと「ゴマ」である。
「ラジオは出るもんじゃない、聴くものだ」と公言している通り、トークは苦手。
レギュラー出演中の「ゴチャ・まぜっ!火曜日」では「ラジオなのに発言が少ない」と共演者の
藤井隆が致命的と言える評価を下している。藤井曰く「オープニングは10分くらいあるのに
、いつも話が広がらず7分程度で終わってしまう」「片付けられない症候群の話題にしか
積極的に参加しない」。
まちゃまちゃのプレイの一部始終を見たことがある。
腋の下を他人に見られることに対して異常なまでの抵抗感を持ち、例え仕事であっても割り切れ
ないらしく「性器を見られた方がましだ」と断言する程である。実際に芸人として露わな格好を
する場面でも肌色の襦袢を着込んで腋の下を見せないようにしている。因みにこの肌襦袢を
30枚ほど所有している。
デビュー前から ダウンタウンの大ファンで、松本人志の家まで行った事があるとの事。
妄想が趣味。一人っ子で遊び相手がいなかったため、小さい時からよく妄想をしていたという。
番組でもよく妄想話を披露している。
自身も芸能人だが、かなりのミーハーでありブブカが愛読書であることを明かしている。
好きな有名人ができると、その人にばったり会わないかと住んでる地域を徘徊する。
かつては痩せており「森三中の中ではキレイな方」と言われていたが、夜中に食する自宅での
一人焼肉にハマリ激太りしてしまった。
オアシズ大久保佳代子、光浦靖子、いとうあさこ椿鬼奴、ボルサリーノ関と仲が良い。いとうの
「浅倉南」ネタで着ているレオタードは黒沢がプレゼントしたものである。
人見知りが激しく人に心を見せることができない性質らしく、相方の大島ですら「私に心を
開いてくれるまで2年かかった」と語っていた。
結婚相手に求める条件として『光浦と3人での同居可』『光浦の老後の要介護』を挙げている。
芸人内で「AG会」という派閥を作り、リーダーになっている。「AG」とは「温(A)かいご(G)飯
を食べよう会」の略。


【パーソナルデータ:村上知子】


神奈川県横浜市磯子区出身。橘女子高等学校(現・橘学苑高等学校)卒業。

初期のころはハイトーンでギャーギャーと叫びたてるような芸風だったが、ゆっくりと
しゃべるようになった。
過去に番組の企画でアイドルキャラを演じさせられた事がある。
周囲からよくMEGUMIに似ていると言われ、光浦靖子から「たまにMEGUMIよりカワイイ時がある」
田村淳から「写真集出したらMEGUMIと間違えてそこそこ売れるんじゃないか?」と言われたが、
本人は優香に似ていると断言している。
大島曰くかなりの不器用で、2つ以上のことを並行して行えないため、電話をしながらメモを取る
こともできないという。
また、運動が苦手。しかし、側転だけはできる。
料理が得意。
MAXのNANAと仲が良い。

2008年3月23日、2歳年上の一般男性と入籍。
出会いから3日後に交際を始め、1週間後にプロポーズをされ、3週間で結婚を決めた。
夫と交際するまでは処女であった。
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