ロザン

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所属事務所:吉本興業
メンバー :菅 広文(1976年10月29日生まれ・A型・ボケ)
       宇治原史規(1976年4月20日生まれ・B型・ツッコミ)



2人の出会いは高校時代、菅が宇治原としゃべってるのが楽しく感じ、ずっと一緒にいるのは
お笑い芸人になるのがいい!と思い、宇治原を誘ってお笑いの道に進むことにした。
芸人になった時に話のネタになるからという理由で宇治原に京大へ行くように言い見事に現役合格。
しかし菅は一浪し、翌年大阪府立大学に合格後ロザンを結成。NSCには通っておらず、
オーディションでデビューした。
ネタは漫才とコントの両方を行い、M-1、キングオブコントに参戦してきた。

コンビ仲が非常によく、ピンの仕事のギャラもすべて折半にしている。
宇治原がクイズ番組で得た賞金も、菅の本の印税も折半。


【パーソナルデータ:菅 広文】

大阪府高石市出身、大阪府立大学経済学部中退。
愛称:「菅ちゃん」。左利き。
ネタ作成担当。
中学・高校は大阪教育大学附属天王寺校舎。幼少時は東京都・長野県に住んでいたこともある。
高校の同級生である宇治原とこの先もずっと一緒に過ごすためにはお笑い芸人になればいいと
思い、宇治原を誘ってコンビを組んだ。
吉本興業の情報誌「マンスリーよしもと」の吉本男前ランキングで11年連続で上位10位以内に
ランクインしている。
童顔で、25歳の時にシャンプーハットの小出水に連れられてパチンコに行った時、店員に未成年と
間違われた。
2001年秋の『オールスター感謝祭』で優勝している。
デビルマンの大ファン。
持ち前の笑顔と、誰とでもすぐに仲良くなれる“広く浅い付き合い”をしていた(転校を繰り返して
いたため、仲が良くなり過ぎると別れるのが辛くなるから、とアメトーークの『転校生芸人』で
発言している)ため、相方の宇治原と出会うまでは本当の親友と呼べる人間はいなかったという。
宇治原の両親に、真面目な京大生の息子をお笑いの世界に引きずり込んだ「元凶」として嫌われ
ていた。現在は良好な関係である。


【パーソナルデータ:宇治原 史規】

大阪府四條畷市出身。京都大学法学部卒業。
成績は常に良く、高校在学中は学年で1、2位を争う成績で、大学受験生時代には京大模試で
全国第2位になったこともある。通っていた代々木ゼミナールから授業・模試を全て無料で
受けられるゴールドカードを交付されていたほどであった。

菅にお笑い芸人になろうと誘われ快諾、芸人になった時の話のネタになるからと京大進学を
勧められ京都大学法学部に現役合格で入学。作家の万城目学は同学部の同級生にあたり、
万城目は宇治原のことを一方的に知っていたとのこと。
その後留年・休学を経て9年かけて2004年3月に卒業した。

宇治原は両親が反対することを悟り、京大時代は父には自分が芸人として活動していることは
秘密にしていた。しかし、ある年の正月にテレビ番組でふんどし一丁でお金を追いかけて走り
回っているのを目撃され、父親は「何のために京大に行ったんだ!!」と激怒、その後も
「芸人をやりたい」「許さない」の押し問答が続いていた。結局、宇治原が9年かかって大学を
卒業した際に、その熱意を認めて許してくれたとされる。

その学力と豊富な知識を生かしクイズ番組にも出演する機会が多い。
2011年『お笑いワイドショー マルコポロリ!』の企画において、MENSAの入会テストでIQ158
(標準偏差24)以上という成績を取った。上位2%のIQ150(標準偏差24)以上がMENSAの入会資格
だが、上位1%のIQだった。その結果、JAPAN MENSAの会員となる。

菅と対比して「ブサイクキャラ」でいじられることが多い。特に目が落ち窪んでいるために
「ガイコツ」や「目窪(めくぼ)み」などと揶揄されることが多い。

2011年10月30日、大阪マラソンを走り、4時間10分22秒で完走した。

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