トータルテンボス

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所属事務所:吉本興業
メンバー  :大村朋宏(1975年4月3日生まれ・O型・ボケ)
        藤田憲右(1975年12月30日生まれ・A型・ツッコミ)



2人は小学校の同級生で、大村が大学時代にロンドンブーツ1号2号の深夜番組を見て芸人を志し、
藤田を誘ったことがコンビ結成のきっかけとなった。コンビ名の由来は、藤田が見た映画
「トータル・リコール」と大村がコンビ名の候補にしていた「ハウステンボス」を合わせた。
1997年4月コンビ結成。東京NSC3期生。
略称は「トータル」又は「トーテン」。

主に漫才を行っている。2006年10月1日から「ニッポン全国漫才ツアー47」を開催。2006年に
12都市で開催し、2007年に残りの全都道府県でも順次開催した。2010年3月残りの千葉・埼玉、4月DVD収録の東京の3都市を回る漫才ツアー「アフロの森のおふざけモンキー」を開催し、3月16日埼玉公演を以て、
足掛け4年、47都道府県を全て回った。

現在では漫才で非常に評価が高いが、デビュー当時はコント専門だった。そのとき藤田は大村に
誘われてお笑いに入ったため、お笑いのことについてあまりよく知らず、「ツッコミは関西弁」
という固定観念から関西弁でつっこんでいた(他の台詞は全て標準語。また、二人は静岡県出身)。
デビューから3年後、いったん廃業を考える(理由は二つあり、一つは藤田が芸人の社会に
どっぷり浸かり、消費者金融での借金にも抵抗感を抱かない人間になってしまい、大村が
誘った側として責任を感じたため。もう一つは単純に全く稼げなかったため)。しかし、
そのとき相談に行った吉本の社員から説得され、それまでコント専門だったことから漫才への
転身を勧められる。これが漫才を始めるきっかけとなったという。
大村は藤田をお笑いに誘った事を申し訳なく思っていたが、藤田はこんなに楽しい世界に誘って
くれてありがとうだと!と言っている。

コンビ仲が非常によく、プライベートでも一緒に過ごすことが多い。
S-1バトルでもらった賞金で大村の父親の再婚相手の子供に会いにフィリピンに行くのも
藤田と2人で行った。
仲はいいが、喧嘩も絶えず、テレビ番組の裏でよく取っ組み合いの喧嘩をしている。


野球チーム「アフロモンキーズ」を結成している。


【受賞歴】


2004年 M-1グランプリ7位
2006年 元気ハツラツぅ? CMバトル優勝
2006年 M-1グランプリ5位
2007年 M-1グランプリ2位
2008年 爆笑オンエアバトル第10代チャンピオン
2009年 爆笑オンエアバトル第11代チャンピオン
2009年 S-1バトル月間チャンピオン(3月・5月)
2010年 爆笑オンエアバトル第12代チャンピオン)
2010年 S-1バトル殿堂入り(ラウンド2)


【パーソナルデータ:大村朋宏】

静岡県御殿場市出身、明治大学中退。
高校時代はハンドボールをしていた。

父親がフィリピン人女性と再婚。フィリピンに義妹が2人いる。
S-1バトルでもらった賞金で小遣いをあげようと藤田と一緒にフィリピンまで会いに行った。
高校時代はハンドボールをしていた。24歳当時キャバクラのボーイのアルバイトをしていた。
甘党であり、甘口カレーとプッチンプリン、たけのこの里が好物。
藤田が参加している野球チーム「アフロモンキーズ」の監督を務めている。

大のイタズラ好きでプライベートでも芸人に対してイタズラを仕掛けている。

2006年4月に相方と同時に結婚を発表。同年、長男誕生。
藤田には、「ライブなんかでも、キャーキャー言われているのは、大村の方だから人気が減る」
との理由で結婚の発表にを辞めてくれと言われていた。
結婚は「どうなんだろうか…嫁の策略だったのかもしれないんです。当時は彼女だった嫁に、
『今日は、大丈夫(な日)だから』って言われたんですよ。それで、ホイホイと乗った僕も
悪いんですけどね。それで、まんまと乗っかった形」とデキちゃった結婚の経緯を語っている。



【パーソナルデータ:藤田憲右】

静岡県御殿場市出身、中央学院大学中退。
高校時代は野球部のエースだった。
2006年4月に相方と同時に結婚を発表し、11月に第1子(女児)が、2010年10月に第2子(男児)が誕生。
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