オードリー

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所属事務所:ケイダッシュステージ
メンバー  :若林正恭(1978年9月20日生まれ・O型・ツッコミ)
        春日俊彰(1979年2月9日生まれ・B型・ボケ)
 


2人共に日本大学第二中学校・高等学校出身。中学2年生の時にクラスメイトとなる。
若林の前の席が春日だった。1994年に日本大学第二高等学校に進学、ここでもまたクラスメイト
になり、たまたま同じアメリカンフットボール部に入部(ポジションは若林がランニングバック、
春日がディフェンスエンド)。そのため芸人として有名になってからはアメリカンフット
ボール関係の仕事も多く舞い込むようになり、『NFL倶楽部』の司会を務めるかたわら、
スーパーボウル中継の日本テレビPR大使として、2010年から毎年試合会場に赴いて中継に
ゲスト出演している。

高校時代の活動拠点は阿佐ヶ谷だったが、放課後は高円寺で過ごすことが多かった。
また部活帰りにネプチューンや海砂利水魚のライヴを見に行ったりしていた。

1997年、高校卒業後、春日は日本大学商学部経営学科、若林は東洋大学第二部文学部に
それぞれ進学、卒業している。中学・高校時代の同級生にアイルランドに渡りエイダン・
オブライエン厩舎の厩務員になった人物がおり、後に担当馬を第30回ジャパンカップに
出走させるため一時帰国した際のスポーツ新聞のインタビューで、オードリーについても
語ったことがある。この人物によると、「学生当時とは2人のキャラクターが違っている」
そうであり、春日はおとなしくて真面目である一方、若林の方がやんちゃなグループに
入っていたという。

若林は小学生時代からお笑いをやりたいと思うようになる。高校生の時アメリカンフットボール
で関東代表に選ばれていた春日を見て「春日がいい」と思い、高校3年生の時から誘うようになる。
大学に入学した後も春日を誘い続けていたという。しかし、「面白い奴から順に友達に声を掛けて
いって、春日は上から8番目に電話を掛けた相手」との話もある。春日自身は
「(若林が春日に対して)とてつもなく華を感じたから」だと思っていた。高校時代、
春日と若林ともう1人の親友でいつも3人で行動していたため、若林はこのトリオでお笑いを
したいと思っていた。しかし、その親友が家庭の事情でお笑いの道に入ることが難しかったので、
春日とのコンビとなった。若林が春日を誘った理由としては、『春日は意見を持たないので、
意見の衝突もすることが無く、何となく言うことを聞いてくれそうだったから』とのことだが、
実際には言うことを聞かず、余計なアドリブばかり入れてくるため、誘ったことを少し後悔
している。上手くネタに組み込まれることもあるため、割り切っている。2000年4月、
事務所主催のライブに「若林春日」で参加しようとするものの、「コンビ名がないと参加できない」
と言われ、春日がその場で思いついた「ナイスミドル」というコンビ名でのデビューを余儀
なくされる。2005年4月、コンビ名を「オードリー」に改名。これは、事務所社長から「
うにいくら」、「オードリー」の2択を迫られ、その場が寿司屋であったこともあり、
「うにいくら」は社長の思いつきと判断。そのため「オードリー」に決定した。社長は、
「華が無い二人なので、華のあるオードリー・ヘプバーンから採った」としている。

2008年1月1日、日本テレビ系「ぐるナイ番外 おもしろ荘へいらっしゃい! レア芸人だけで
生放送 祭りだオッパッピー!」に出演し、地上波の放送で初めて念願の漫才ネタを披露する。
ただしテレビそのものはこの番組が初出演ではなく、これより約2年前の2006年5月にフジテレビ
の「インパクト!(第4回)」に出演している。当時は、藤岡弘、と中尾彬のものまねでの
出演であった。また、駆け出しの頃には『桂芸能社!』に数回、VTRを送っている。VTRの内容は、
床に置いたフラフープの輪に入った春日に、若手皆で(ビックスモールンなど同じ事務所の
芸人も参加している)、「熱湯鉄砲」で集中攻撃をしたり、「松明」で背中を炙って、
どこまで輪から出ないで耐え得るかという、若手芸人ならば一度はチャレンジするような
ギリギリのリアクション芸であった。このVTRを見た当時の若林の彼女は、「お願いだから
普通に就職して」と頼んだという。

2008年12月21日、M-1グランプリで敗者復活戦から決勝進出を果たし、決勝ファーストラウンド
を1位通過し、総合2位。2009年1月1日、フジテレビ「新春お笑い大賞2009!!」で
ニューウェーブ大賞 1位(視聴者による電話投票で212,036票中76,009票獲得)。

2009年、『日経エンタテインメント!』(7月号)の「好きな芸人・嫌いな芸人ランキング」の
好きな芸人ランキングで初登場2位を獲得。

M-1グランプリ2009は本命と言われていたものの、仕事が大量に入ってきている状態で満足に
練習も出来ないという理由で主に事務所・マネージャーの意向により出場を辞退した。
若林自身は「決勝にいけなくてもいい、それがその時の実力だから。本当は出たかった」と
語っている。だがその一方で、「でも、自分たちではわかってるんです。08年のあの年、
あの漫才じゃなきゃダメだったんだって。」とも語っている。
2011年9月、2年間にわたり出演していた『笑っていいとも!』を卒業。
10月から「笑っていいとも!」の裏番組、ヒルナンデスに水曜レギュラーで出演。

ニホンモニターが毎年調査している番組出演本数ランキングでは、2010年に507本の番組に
出演し1位を獲得した。2011年は424本で5位だった。


【受賞歴】

2008年 M-1グランプリ2位
2009年 新春お笑い大賞2009!!ニューウェーブ大賞 1位


【パーソナルデータ:若林正恭】

東京都中央区築地出身。東洋大学文学部国文学科卒業。
ネタ作成担当。

小心者で、ライブのお客さんの感想を読むこともできない。




【パーソナルデータ:春日俊彰】

埼玉県所沢市出身。日本大学商学部卒業。

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