バッファロー吾郎

ここでは、「バッファロー吾郎」 に関する記事を紹介しています。
所属事務所:吉本興業
メンバー  :バッファロー吾郎A(木村明浩・1970年11月24日生まれ・A型・ツッコミ)
        竹若元博(1970年8月12日生まれ・O型・ボケ)


2人は大阪NSCで出会いコンビ結成。8期生であり、同期に千原兄弟、FUJIWAR、
ナインティナイン。なだぎ武など。
「バッファロー吾郎」というコンビ名は吉田ヒロによって命名された。
吉本の若手ユニット「吉本印天然素材」に結成時より参加。解散後は大阪へ戻り
自分達の笑いを展開しようと心に決める。一時期はテレビ出演を拒否して舞台にのみ
専念していた時期もあった。

ライブは小規模なライブハウスから始まったが、年々ライブの規模は大きくなっている。
梅田芸術劇場や大阪府立体育会館など、通常、お笑いのイベントを行わないような大規模な
会場でライブを行っている。

若手芸人を自分達のイベントに呼び、育てている。その基準は「実力があるのに会社が
推す事のなさそうな奴ら」だと言う。

バッファローファミリー(バッファロー軍団)というファミリーが存在する。
(本人達が公言しているわけではなく、後輩やメディアがそう銘打っている。さらに、
これはリットンファミリーの内部組織と思われる)。主にダイナマイト関西などの出演者で
構成されている。メンバーはケンドーコバヤシ、小籔千豊、土肥ポン太、野性爆弾、
ザ・プラン9、サバンナ、レイザーラモン、笑い飯、千鳥、南海キャンディーズ、ダイアン、
とろサーモン、友近、ネゴシックス、中山功太など。

年末恒例の特番『オールザッツ漫才』には開始以来16年連続で出演し、最年長のコンビと
なっていたが、2007年度以降出演を辞退している。

2008年の第1回キングオブコント優勝後、全国区のテレビ番組への出演が増えたことや、
2009年にはコンビ結成20周年という節目の年を迎えたことから東京再進出を決める。

ネタは舞台を所狭しと暴れまわるダイナミックな動きと、重箱の隅をほじくるようなマニアック
なネタが特徴。格闘技ネタが多く、その芸風はデビュー当時から現在までほとんど変わって
いない。マニアックな芸風はリットン調査団からの影響を受けている。

バッファローファミリーの若手はバッファロー吾郎を追い抜いて出世して行く事が多い為、
ケンドーコバヤシ曰く「バッファロー吾郎は若手の極上の踏み台」とのことであるが、
もちろん彼特有のジョークであり、彼なりにバッファロー吾郎を尊敬している。
まったく売れておらず、会社にも相手にされていなかった頃に、バッファロー吾郎に
目をかけてもらったメンバーもおり、たくさんのメンバーがバッファロー吾郎に対する感謝の
念を語っている。
友近は芸人としての活動を始めた頃、バッファロー吾郎のラジオに出演した。この時に
友近が行った「ミナミの帝王に出てくる竹井みどりのものまね」に二人が爆笑し、
「面白い奴がいる」として業界関係者に彼女をPRした。このため友近の番組出演は増加し、
全国区の芸人として活躍するようになった。その後の逸話として、すでに全国区で売れ始めて
いた友近が、バッファロー吾郎の主催する年末カウントダウンイベントに参加するために、
全国放送される年末特番の仕事を断わった事がある。この時、友近は「テレビの仕事はまた
あるけど、兄さん達のカウントダウンはもう二度とないじゃないですか」と語ったという。
ケンドーコバヤシは「バッファロー吾郎のために何ができるか?」というインタビューの問に、
「死ねと言われたら躊躇するかもしれないが、銃弾が二人に飛んできたのなら迷わず盾に
なります」と珍しく真面目に答えている。

木村、竹若ともにシティーボーイズを敬愛している。


【受賞歴】

2008年 キングオブコント優勝


【パーソナルデータ:バッファロー吾郎A】

本名:木村明浩(きむら あきひろ)
兵庫県神戸市出身。兵庫県立須磨東高等学校卒業。

お笑いイベント「ダイナマイト関西 〜全日本大喜利王決定トーナメント〜」の
インタレスティング・プロデューサーを務め、イベントを成功させている。ただ木村は
毎回出場しているにも関わらず、準決勝以上へ進出したことが一度もないため、このことを
ネタにして頻繁にいじられている。

相方の竹若やケンドーコバヤシなどの後輩からいじられ、つっこみ返す事で笑いを生む、
「いじられ芸」、「つっこみ芸」を確立。

傾向としては、相方とは異なるもって回ったようなベタな笑いを好む。わざとベタなことを
するため、ウケる人にはウケる。また、スベった後にそれを笑いに変えていくのが大好き。
しかし、素ですべることも多い。「すべり芸」も一級品である。そんな木村の才能を
認め評価する先輩の1人が東野幸治。「はよ東京来い!」と発破をかけている。後輩の
岡村隆史もラジオ番組にてバッファロー吾郎の全国区進出を望む発言をしている。


漫画やアニメ、プロレスのどうでもよい知識や、雑学に詳しい。芸人の中では比較的早い
段階からネットに進出し、自身の企画するイベント「ホームラン寄席」の公式ホームページや
自身の個人ページを立ち上げていた。
デビュー当時にコンビ名「Wメガネ:ミキ&アイガン」を名乗っていただけに、それ以来
ビジュアルイメージとして眼鏡キャラを保っているバッファロー吾郎だが、実は二人とも
レーシックを施しており、視力が回復している。視力が回復しているにも関わらず、
イメージを守って眼鏡の着用にこだわっている。

お笑いに対するその硬派なスタンスは、若手からも「尊敬する芸人」として明石家さんま、
ダウンタウンらと並び名前が挙げられるほどである。普段はいじられつつも、
後輩の面倒見もよく、そして権威には媚びない、然るべき時には物申す漢気のある人物である。

2011年11月24日から、自信が尊敬する漫画家の藤子不二雄Aにあやかり、芸名を
「バッファロー吾郎A」に改名。

2001年に結婚するが2009年に離婚。



【パーソナルデータ:竹若 元博】

京都府京都市出身。京都教育大学附属高等学校卒業。
バッファロー吾郎結成前は四面楚歌というコンビを組んでいたが、早くに解散した。

吉本屈指の運動神経を誇り、バク転ができる(天然素材時代は岡村隆史の次にダンスが上手く、
岡村と共にセンターポジションにいた)。ボケのセンスは高く評価されており、松本人志の
ラジオに電話出演したりもしている。大喜利が最も得意で、後輩からは「大喜利の神」
などと称せられることもある。お笑い以外にも様々なことに精通している。

中学、高校は名門 京都教育大学附属高等学校 だったが、大学に進学はせずNSC入りした。
過去にヨシモト∞にて「自分がいたクラスは僕ともう一人が就職組であとは全員進学」
「僕はNSCであと1人は『ランの栽培がしたい』と言っていた」と語っている。
高校時代はテニス部員であり、後輩から「メガさん」(メガネさんの省略形)と呼ばれていた。
初対面の相手には、無口でまじめ、という第一印象を与えることが多い。非常に生真面目な
性格で、NSC在学中は一度も授業を欠席したことがない。跳び箱を声を出して跳ぶという
授業があり、他の生徒が馬鹿らしいとサボっていた中、竹若は一人熱心に跳び続けた。
なお、その翌日から練習中に眼鏡が飛ばないようにと眼鏡に紐が付けられていたらしい。
昔、千原兄弟の千原せいじと一緒に暮らしていた。破天荒な生活ぶりで知られる靖史と
一つ屋根の下で同居することは並大抵の人間では無理とされており、ここからも竹若の寛容な性格が伺える。ナインティナイン岡村は竹若のことを「ガンジー」と呼ぶ。

かけているのは伊達メガネである。昔は伊達メガネではなく度が入ったメガネをかけていたが、
あまりに度が強く目が小さくなったのを嫌がり、コンタクトを装用したうえで伊達メガネを
かけるようになった。ちなみに現在かけているフレームの内側がチェックになっている眼鏡の
ブランドはレスザン・ヒューマン。他には999.9などの眼鏡を所持。なお2008年7月には
レーシック手術を行ったことを告白、裸眼での生活も支障なくできるようになった。

端整な顔立ちで生瀬勝久やくるりの岸田繁似ていると言われる。
人が良くほとんどキレたことがない。寝ぼけていたFUJIWARAの原西孝幸が竹若に小便をかけて
しまった際にも「ここトイレちゃうで」とつっこんだだけで全くキレなかったという。
千原ジュニア曰く『仏の竹若』。

釣り、プロレス、猫が大好き(飼い猫は、アズキとツユクサ)。ゲームやマンガ、アニメにも
造詣が深く、特に「機動戦士ガンダム」や「ジョジョの奇妙な冒険」、「ドラゴンボール」、
「キン肉マン」、「グラップラー刃牙」を好む。『スーパーロボット大戦シリーズ』では
ルー・ルカを熱心に育てている。一番カッコイイと思うモビルスーツはハンブラビ。
好きな超人はブロッケンジュニア。好きなアニメの女性キャラクターは人造人間18号。
基本的に多くの分野に博識である。ミステリー小説も好きで、自身のブログではよく森博嗣の
作品を取り上げていることがある。

2005年3月 一般女性と入籍。
2007年11月 第一子となる長女が誕生。