アンタッチャブル

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所属事務所:人力舎
メンバー  :山崎弘也(1976年1月14日生まれ・B型・ボケ担当)
        柴田英嗣(1975年7月15日生まれ・B型・ツッコミ担当)


2人はスクールJCAで同期生として出会う。
結成当初のコンビ名は「シカゴマンゴ」だった。これは二人にコンビを組ませた(スクールJCA・
お笑い養成所時代の)先輩が考えたもの。その後まもなく、山崎は独断でコンビ名を
「アンタッチャブル」に変更した。映画タイトルの『アンタッチャブル』が由来である。
初めてのライブ出演のとき「シカゴマンゴ」のコンビ名が出演表に書かれていなかったことから、
柴田は「このライブには出られない」と思ったが、スタッフから「アンタッチャブルさん」と
呼ばれ、そのときに初めてコンビ名が変わったことに気づいたという。

若手の頃、山崎は仕事に遅刻をしてしまうことがたびたびあった。柴田が占い師の元へ仕事の
悩みを相談しに行くと「今のままでは相方に足を引っ張られて、あなたも潰れてしまう」と
言われた。しかし、時間に遅れても舞台にやって来る山崎の姿を見て柴田はいつも感謝して
泣いたと語っている。当時は、日村勇紀(バナナマン)やビビる大木の家へお互いに行き来する
ことが多かったため、柴田はビビる大木と新コンビを結成しようかと真剣に考えたことも
あったという。

ネタ作りでは、設定を決めて、まず柴田がツッコミを先に作り、山崎がそれに合わせてボケを
考える、そしてその山崎のボケが面白かった場合柴田がメモをする、という作り方。
また2人とも覚えるのが嫌いという理由で、ネタ作りでは一字一句台詞を決めるなことはなく、
要所要所のキーワードだけを決めている。その他の細かい言い回しなどはアドリブで行う。
しかし、本番前のネタ合わせは繰り返し綿密に行われている。
上記の理由のためか、山崎のボケで柴田が笑ってしまう事もあり、一度山崎の顔芸が柴田の
ツボにはまり漫才が続行できないほどになったこともある。
早いテンポでのボケ・ツッコミともに、非常にハイテンションでの漫才を展開している。

2003年のM-1グランプリで敗者復活で勝ち上がり3位になった、これを機にテレビ出演が増え
2004年のM-1グランプリで優勝し大ブレイク。

同期の芸人はブラックマヨネーズ次長課長スピードワゴンなど。


【受賞歴】

2003年 M-1グランプリ3位(敗者復活枠)
2004年 爆笑オンエアバトル第6代チャンピオン
2004年 M-1グランプリ優勝




【パーソナルデータ:山崎弘也】

埼玉県春日部市出身。埼玉県立春日部工業高等学校卒業。

当初は俳優志望であり、武田鉄矢に憧れていた。俳優事務所に履歴書を送ったことがあったが、
返信用の切手を入れ忘れていたため返信がなかったという。その後、雑誌に掲載されていた
プロダクション人力舎のスクールJCAの広告を見つけて応募、すぐに合格した。広告に
あったシティボーイズの写真を見て応募したが、すでにシティボーイズは事務所を退社しており、
「過去の所属者」として紹介されていたのを見落としていたという。
1994年、スクールJCAの同期生である柴田英嗣とお笑いコンビ「アンタッチャブル」を結成した。

2010年2月、相方の柴田が一時期芸能活動を休業(2010年2月-2011年1月)し、以降はコンビ活動
を行っていない。
漫才では、ハイテンションで適当な言動をしてボケる。バラエティ番組では、異常なほどの
低姿勢で相手を怒らせる発言をするキャラクターが定着している。アバウトなところがあり、
アドリブではノープランなことが多い。しかしスベった些細なネタでも強引に話をつなげていき、
最終的には笑いを取る力業で、先輩芸人からも羨望されている。
2009年6月18日放送回『アメトーーク!』で、東野幸治の持ち込み企画「後輩の山崎に憧れて
いる芸人」が放送された。出演者は、関根勤とFUJIWARAの藤本敏史、TKOの木下隆行、
たむらけんじ。みな山崎の先輩で、他事務所である。番組内では、山崎の同じネタで延々と
喋れる発想力、共演者のボケ芸人をツッコミにしてしまう爆発力、見切り発車は当たり前の
ハートの強さなどが絶賛された。どんな小さな入り口でもどんどん大きくすることができると
評され、関根はその破壊力を「お笑い界のヒョードル」、東野は一見適当そうに見えて、
実は計算されたボケをかぶせ続けて笑いを取りにいく山崎の芸風を「高田純次のふりをした
明石家さんま」と例えて高評価した。
ワイシャツ・白ネクタイという衣装をトレードマークとしており、「結婚式の帰り」と形容され
ている。売れない頃に、金がなくて衣装に困っていることをくりぃむしちゅーの有田哲平に
相談した所、「フォーマルなものなら、いつも同じ格好でも問題ないんじゃない?」と言われ、
今の衣装に落ち着いた。
私服ではイタリア風の服や高級ブランドを身に着けることが多い。

「ガヤ」と呼ばれるバラエティー番組の盛り上げ役と野次飛ばしで知られ、「東のガヤ王」と
評された。
テレビで見せるテキトーな性格とは裏腹に、プライベートはかなりキチンとしている。
スクールJCAの研修生の時は、1年間1度も休まずに通った。ある日、他の生徒が全員遅刻欠席して
しまい、授業参加者が山崎たった一人のときがあったが、そんなときでも授業科目の
タップダンスを先生とマンツーマンで踊っていたというエピソードがある。
東京03の角田晃広曰く、ティッシュの位置、ゴミ箱の位置、リモコンの位置がちょっとでも
ずれると嫌な顔をする。山崎が家具を選ぶ際に角田が付き合わされた際、角田が山崎に対して
適当に対応していると「俺はテキトーなことを言う奴が一番嫌いだ!」とキレられた。
プライベートでの人付き合いが少ないで、実は極度の人見知り。

仲の良い芸人はくりぃむしちゅー有田やおぎやはぎ矢作など。



【パーソナルデータ:柴田英嗣】

静岡県静岡市清水区出身。東海大学工業高等学校卒業。

1994年、高校卒業後、お笑い芸人を目指しプロダクション人力舎のタレント養成所スクールJCA
に入学。 入学当初はボケ芸人を目指していた。
スクールJCAにて生徒がそれぞれボケ役とツッコミ役に振り分けられる事になり、同期生の
山崎弘也と即席のコンビを組み、その授業の際に柴田には偶然ツッコミ役の台本が渡された。
ツッコミ担当のままコンビを続け、後に「アンタッチャブル」が結成された。

2005年9月、一般女性との結婚を発表した。現在は二児の父である。
2010年1月末、体調不良により無期限の活動休止に入ることが報じられた。
2011年1月、ピン芸人として芸能活動を再開。


静岡県出身だが江戸っ子口調。一方で、漫才におけるキレツッコミが関西漫才師・横山やすしの
ようだと評価されるがある。
動物好きで主に哺乳類を好むが、昆虫類は苦手である。
運動全般が得意で、ユースサッカーのクラブからスカウトされた経験がある。

くりぃむしちゅーとの付き合いが長く、特に上田晋也とプライベートで親しい付き合いがある。

南海キャンディーズの山里と品川庄司品川の件で、ネットで色々炎上が起こり、山里が落ち込んで
いた時にいちばん最初に心配してメールをしたのは柴田だった。
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