ダイノジ

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所属事務所:吉本興業
メンバー  :大地洋輔 (大地洋介 1972.7.13生まれ・A型・ツッコミ)
        大谷ノブ彦 (大谷伸彦 1972.6.8生まれ・B型・ボケ)


2人は大分県佐伯市出身。中学校時代の同級生である。中学時代、大谷は誰ともしゃべらず1人で
いたが、クラスで人気者だった大地が声をかけたことがきっかけで、共に『コサキンのラジオ』の
リスナーであったことから意気投合した。卒業後は別々の道に進んだが、銀座で偶然肩がぶつかり
再会したことがきっかけとなり、再び親交を深める。
1994年、吉本興業のオーディションに合格しコンビ結成。

コンビ名の由来は、「大地」、「大谷」、「大分県出身」の3つの「大」の字があったため。
また、英語でコンビ名を表記する場合、よく使用される「dainoji」は誤った表記であり、
「dienoji」が正しい表記である。「die」は文字通り英語で「死」を表している。兄の大地大介
(ex.BEYONDS)がINDIES MAGAZINE vol.12でのインタビューでダイノジのコンビ名の由来は
大地の父親が大の字になって死んでいたからと話されている。第一発見者は大地洋輔である。
父親が死んでいるのを発見した際、なぜか分からないが、「ヤバイ」と思ったらしく、
慌てて学生服に着替えたと言うエピソードも話されている。英字表記でdieを使うのは父親の
死からコンビ名にしたためと思われる。

1999年から放送開始した『爆笑オンエアバトル』(NHK)に初期から出演。好成績を収めた芸人の
称号であるゴールドバトラーにも認定されている。また、番組内の年間合計キロバトル数
ランキングでは2000年度、2002年度で1位を獲得している。このランキングで2回1位を獲得したのは
歴代でもダイノジのみである。

『M-1グランプリ2002』で決勝進出者が決定する時、審査員たちは最後の8組目を選出するに
あたってダイノジにするか、スピードワゴンにするか意見が分かれ、この論議だけでかなり長引い
たらしく、長い議論の末、僅差でダイノジの決勝進出が決定し、吉報を受けた瞬間大谷は号泣した。
それを聞いて最初に「おめでとう!」と大谷に駆け寄ったのは、大谷の大親友で、不幸にも同じ
当落路線にいたスピードワゴンの小沢一敬であった。スピードワゴンは自分達が決勝にいけない
悔しさを惜しみ、ダイノジの決勝進出を称えた。だが、スピードワゴンは、ワイルドカード
(敗者復活戦)で決勝進出。その発表は、ダイノジの出番直前で、それを聞いた大谷は
スピードワゴン、きたー!」とガッツポーズをとっていたという。

決勝では、大谷が緊張のあまりネタを一つ飛ばすミスをしてしまう。大谷は後に「審査員の豪華な
顔ぶれを見たら舞い上がってしまった。漫才でネタを飛ばしたのはこのM-1グランプリが初めて」
と語っている。そのミスのあまりにものショックに、本番終了後2人でタクシーに乗ったものの、
意味もなく2人一緒に途中の渋谷で降りて立ちすくんでしまったという。また、翌年から仕事が
減ってしまい、本人達も相当引きずったらしい。その後2004年にラストイヤーを迎えるまで
毎年挑戦したものの、全て準決勝敗退に終わる。


同級生ではあるがお互いのことをさん付けで呼ぶ。これは馬鹿そうな奴がさん付けで呼び合って
いたら面白いという考えである。これは大谷と小沢一敬(スピードワゴン)が考えたもの。

【受賞歴】

2002年 M-1グランプリ8位


【パーソナルデータ:大地 洋輔】

大分県立佐伯鶴岡高等学校出身。
本名:大地洋介

大地はダイチ→大地 洋介→おおち→大地 洋輔、と改名している。

2003年9月12日、入籍。

「日本エアギター選手権2006」に出場し、2年連続世界大会4位の金剛地武志と同点優勝。
さらに日本代表としてフィンランド・オウルで行われる「世界エア・ギター選手権2006」に出場し、
初出場にして初優勝の快挙をとげた。
2007年9月、「第12回世界エア・ギター選手権」で史上2人目となる大会2連覇を達成した。



【パーソナルデータ:大谷 ノブ彦】

大分県立佐伯鶴城高等学校、明治大学政治経済学部出身。
本名:大谷伸彦
ビック谷→大谷 伸彦→大谷 ノブヒコ→大谷 ノブ彦と大地同様、改名している。
2006年3月21日 一般女性と入籍。入籍した時、すでの夫人は妊娠しておりできちゃった婚。

大谷は怪談話を得意としているが、霊感が全くないので幽霊を見たことはない。

大谷はDJとして多くのイベントにゲスト出演しており、自身のプレイ中には後輩芸人にバック
ダンサーをやらせていた。この後輩芸人達は自らの志望で参加したのではなく、
「先輩芸人の命令には絶対服従」という大谷からの無理強いであった。
「自分達のネタを作る時間が欲しい」「アルバイトに行かなければいけない」と嫌がる後輩
芸人達にイベントの何週間も前から猛練習をさせ、ミスをすると大谷は激怒し、さらには
長時間にも及ぶ説教が待っていた。その上、嫌々ダンスをやらされた後輩芸人には小銭程度の
現金を当日渡されただけだった[4]という。他にも数多くの狼藉を後輩芸人に働いた結果、
その噂は後輩思いの今田耕司の耳に伝わり今田は激怒。当分の間、ダイノジは今田の番組には
出演NGの状態であった。
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