さまぁ~ず

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所属事務所:ホリプロ
メンバー  :大竹一樹 (1967.12.8生まれ・O型・ボケ)
        三村マサカズ (三村勝和・1967.6.8生まれ・A型・ツッコミ)


出会いは高校2年生の時、東海大学高輪台高等学校工業科で同じクラスになる。。

1988年5月、既に事務所からスカウトされていた高校時代の同級生に連れられ、ホリプロの事務所に
遊びに行ったことがきっかけでお笑いの道へ進む事になった。当初は元同級生・大竹・三村の
トリオ(トリオ名は「しゃぶしゃぶ」)として活動を開始した。しかし、元同級生がいつの間にか
他の芸人とコンビを組んで舞台に出ていたため、三村が「お前は1人で舞台に立ってた方がいい」
と発言しトリオを解散する。そしてこの後、東海大学在学中であった大竹が大学で知り合った友人を
三村に紹介し、再びトリオを結成。その友人は三村とは一切面識はなく、三村はその人物について「
そいつが気にくわない奴で、ダメな大阪の人みたいな、大阪の人ってセンスがある人はすごいけど、
大阪の最低と東京の最高が同じぐらいっていう最低な感覚を持っている奴だったから、蹴っ飛ばし
てやった。」と発言しており、三村の意向でそのトリオも解散した。なお、2度のトリオ結成に
ついて三村は「俺と大竹はちょっとやる気がなくて、一人引っ張ってってくれるリーダー的な
人を立てないと一生売れないだろうなと思っていた」と発言している。

1989年4月、ホリプロのお笑いライブに出演し、お笑いコンビ「バカルディ」として活動を開始。
「バカルディ」はネタを考えていた時に着ていたバカルディのTシャツの文字から取った。また、
ダブルミーニングとして日本語の「バカ」も込められている。

1990年代前半、テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』の審査員をしていた山藤章二の支持を受け
関東期待の若手芸人としてテレビ・ラジオ等で活躍。同時期に人気を博したホンジャマカと共に、
当時の人気力士に準えて「お笑い界の若・貴」とも称され、各局にレギュラー番組を持った。
しかし90年代半ば頃からメディア露出の機会が減り、しばらく不遇の時期を過ごした。当時、
後に90年代のお笑いブームの一角となる『ボキャブラ天国』の出演打診を受けるも大竹は断った。
後に番組はヒットし、ボキャブラブームが到来する。その後番組から途中出演の打診を受けるも
「一度決めた事を今更変えられない」という想いを固持し続け、『ボキャブラ天国』への出演
はなかった。その後は主な活動の場を舞台へと移し、コンスタントにライブ活動を続けていた。
ボキャブラに出なかった理由は「コンビ名を安売りしたくなかった」という。そんな大竹は自分を
追い込んで家でネタを書き続けていた。ボキャブラで売れてゆく芸人を横目に見ながら。
三村は小さな地方の仕事をし続けるたび、いつかは絶対売れるんだと信じ
「俺には大竹がいますから」とか言い続けていた。


2000年に出演した『新ウンナンの気分は上々。』の企画において、コンビ名を「さまぁ〜ず」に
強制的に改名させられた。これをきっかけに再び世間の注目を集め出し、三村独特の
「〜かよ!」に代表されるツッコミ芸(通称「三村ツッコミ」)が認知され再びブレイク。
これを足掛かりに徐々にその活動の場を広げていった。

しかし、お笑い芸人の看板とも言うべきコンビ名を安易に変えてしまった内村はその責任を重く
感じ、その後両コンビ(特にさまぁ〜ず)を自身のレギュラー番組などで積極的に起用していった。
これが不遇の時期を過ごしていた両コンビに世間の目に触れる機会を与え、後のブレイクと
現在の活躍を後押しする形となった。

2000年以後は人気が定着、お笑いブームの中にあって、ゴールデンタイムから深夜番組まで、
八面六臂の活躍が出来る中堅芸人としてテレビ番組を中心に活躍。舞台、書籍などでも活動している

多くのレギュラー番組を持っているが、ライブに重きを置いており、今でも2年に1回は
単独ライブを開催している。チケットは即日完売するほど人気も評価も高い。

1996年頃、『ナインティナインのオールナイトニッポン』の番組内で三村のツッコミが何度も
ネタにされた。岡村隆史は当時から三村を「関東一のツッコミ」と呼び、各所で三村のものまねを
披露していたようだが、当時の三村の知名度からテレビでそのシーンが放送されることはまれだった。
当人たちも様々な場所で「(再ブレイクは)ナインティナインのおかげ」と語っている。


コンビ仲が非常に良い。下記エピソードがある。
・ほとんど楽屋が2人とも一緒
・新幹線・飛行機などの移動の際に隣同士で座るなど。
・喧嘩も少ない、理由としては「他の芸人と戦わねばならないのに、コンビで喧嘩をしている場合 
 ではないから」と語っている。。
・共演者などから「想い出が一緒」と言われることがある。高校の同級生から始まったコンビであり、
 バイトも一緒にしていたことから二人共通の想い出が多い。童貞を捨てた瞬間も一緒だった。
・低迷していた頃、三村は大竹に「バカルディの核は大竹だ。ヨゴレ仕事は全部オレが引き受ける
 から、お前は思う存分ネタを書け」と言い続けていた。



【受賞歴】

2003年 ゴールデン・アロー賞芸能賞



【パーソナルデータ:大竹一樹】

東京都墨田区出身、東海大学文学部北欧文学科(現・北欧学科)中退。
家族構成は両親と4歳下の妹という4人家族。父親は「失踪中でどこに居るかわからない」が、
コントライブなどの際にふらっと顔を出す。
実家が狭く、高校生になっても自分の部屋がなく妹と同部屋だった。


コントの場ではその後ろ向きな発想を生かし、ネタの大筋作りを担当する。低迷期にはその才能を
生かすよう事務所の意向で放送作家の仕事をしていた。
大竹がコントネタとして編み出した「悲しいダジャレ」「悲しい俳句」といった
「悲しいシリーズ」は、書籍化されベストセラーとなったほか、2005年にはさまぁ〜ずの
コントライブ中に登場するバンド「マイナスターズ」のボーカル(兼作詞)としてCDデビューも
果たしている。

デビュー当時、所属事務所から「キャラクターが薄い」「相方の三村と顔が似ている」との指摘を
受け、「眼鏡屋」のコントがきっかけで伊達メガネを掛けることになり、それ以来メガネが
トレードマークとなっている。

性格は基本的にネガティブで心配性。人生の目標は「死ぬまで無事」。比較的ずぼらな性格の
三村に対して、度々「お母さんみたいな」注意をする。
三村と比べテンションが低く見られがちだが、本人は「基本的にやる気はあるのに、一時的に
テンションが高いだけの三村が目立ってやる気がないように見えている」と語っている。
非常に猜疑心が強く、ドッキリに遭遇してもほとんど騙されない。
三村曰く「負けず嫌い」ならぬ「負けず好き」で、何かを成し遂げる為に頑張るよりも、
サッサと諦めるアッケラカンとした性格であると述べられている。一例として、富士登山を
行ったときに九合目まで登ったものの、面倒くさくなって引き返した。
高所恐怖症である。
健康面については特に心配性であり、常に薬を持ち歩き、何かあるとしょっちゅう病院に行く。
プライベートが謎に包まれており、相方の三村や仲の良い先輩の内村でさえも
「私生活がわからない」という。三村は自分の家族の話やプライベートであった話などを、
大竹に対してよく話すが、大竹は一切自分のことについては話さない。
接客業の人間の無神経な態度には批判的であり、臆することなくクレームをつける。
その一方で、自身はルーズな面があり、学生時代から極度の遅刻性である。
趣味は映画のDVDを買うことだが、買うだけで観ることはあまりない。また海外セレブのゴシップを
扱った英字雑誌もよく買うが、英語はほとんど読めない。
大学在学中はノルウェー文学やスウェーデン語などを受講していたが、授業に一度も出たことが
ないため完全無知だと語った。大学進学は付属高校からエスカレーター式に進学した結果であり、
受験勉強はおろか幼少期より塾などに一切通ったことがない。
小学校の頃にバイオリンや剣道を習っており、剣道は初段の腕前である。その他の特技は
サーフィン、自動販売機の硬貨速入れ、社交ダンス2級、けん玉検定5級。
相撲に詳しく、自称相撲博士。
まかないのアルバイト経験があるため料理が得意。相方三村も認めている。
 
2011年3月8日、フジテレビアナウンサー中村仁美と入籍。



【パーソナルデータ:三村マサカズ】

本名:三村勝和
東京都墨田区出身、東海大学付属高輪台高等学校出身。

1997年、本名から「三村マサカズ」に改名。理由は「ただなんとなく」。
この頃、ナインティナインの岡村に「関東一のツッコミ」と評され、注目を集めるようになる。

2004年3月、『内村プロデュース』収録中に、無茶なボケが原因で左膝前十字靭帯を断裂、
全治3ヶ月の怪我を負う。6月にはドッジボールの試合で右膝前十字靭帯を断裂。

小・中学校時代はスポーツ万能で明るく、クラスの人気者で、当時から周囲を笑わせることに
全身全霊を傾けていた。
小学校の卒業文集に書いた将来の夢はプロ野球選手で、それを対外的な志望にしていたが、
内心では漫画家になることを更に強く志向していた。中学校2年までは成績優秀で、常にクラスで
1、2番の成績であったが、3年生になり周囲が高校受験勉強に本腰を入れ始めると成績が急降下し、
全校約300名中200位前後に低迷した。


冷静な芸風の大竹に比較され、温和な心優しいイメージをもたれるが、クールな面がありドラマや
映画で泣いたことはない。斜に構え「偽善だよ」と毒づく様は大竹に「お前は鬼だ」と呼ばれる。
ただし、自分や自分の家族が関わった場面では号泣する。
かなりの読書家で、寝る前は必ず読書をしているらしく、大竹によると「本屋で平積みされている
ような本はほぼ読んでいる」という。しかし、大竹から「本を多く読んでいるのに馬鹿」などと
もいわれている。


1996年8月8日 入籍。現在、1男1女の父親である。
夫人とはアルバイト先で知り合った。
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