雨上がり決死隊

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所属事務所:吉本興業
メンバー  :宮迫博之 (1970.3.31生まれ・B型・ボケ)
        蛍原 徹 (1968.1.8生まれ・A型・ツッコミ)

2人の出会いはNSC大阪で、7期生である。
コンビ名の由来は、2人とも好きだったRCサクセションの曲『雨あがりの夜空に』から。正確には、
NSC同期生で行なったライブのタイトル「雨上がり決死隊」をそのままコンビ名にしたものである。
NHKの番組出演時には、「死」という文字を使用するのは放送上好ましくないというNHK側の意向に
より、「雨上がり決志隊」と暫定的にコンビ名を変えることで対処した。知人にお祝いの品を贈る
際にもこの名前を使用している。
NSC時代に、高校時代の同級生など元々友人関係から来たお笑いコンビを多く見てきた。そのため
宮迫と蛍原はコンビを結成した当時、自分達も二人での思い出(=ネタ)を作らなければいけない
と1年間芸人としての活動は少なくして一緒に過ごそうと決め、アルバイトも同じバーで始めた。
ちなみに、宮迫はそのバーでのアルバイトがろくに続かず辞めてしまい、蛍原だけが数年勤めた。

NSC時代の同期生に、ナインティナインの矢部浩之の実兄・矢部美幸がいる。
1990年代前半は、若い女性達を中心に人気を博した吉本興業のお笑いユニット・吉本印天然素材の
リーダー格として活躍。天然素材で共に活動していたナインティナインはNSC9期生で、2年後輩
になる。
大人気の天然素材時代、同番組でMCを担当する。当時の雨上がりは天然素材の牽引役であり
ナイナイと人気を二分していた。ナイナイ・FUJIWARA・チュパチャップス・バッファロー吾郎等
に対し、宮迫は「お前ら、面白くないねん!!俺らが1番面白いんや」と暴れるキャラクターで
もあった。天然素材はアイドル芸人として売ろうとする会社の方針と対立したが、かえって
お笑いを愛する芸人の集まりだった天然素材内部の結束力は高まり、現在でも宮迫は
「天素が滑るな」と元メンバーを叱咤することがある。

名古屋では、CBC中部日本放送の夕方のワイド番組『ミックスパイください』にレギュラーで出演。
その姉妹番組である深夜番組『ミックスパイ+』にも出演し、番組の総合司会を任せられていたが、
高視聴率を誇っていたミックスパイ本編とは逆にミックスパイ+は常に視聴率0%台を叩き出して
いた。その事実を知った宮迫は、「こんな誰も見てないテレビに出ても仕方ない!」
「やる気ないわ!」「帰る!」等、番組の生放送中に暴言を吐きまくり、その日の番組は終了。
程なく番組自体も放送終了した。しかし、この番組以降もCBCテレビの番組にことある毎に出演
しており、現在は『ノブナガ』の準レギュラー(以前はレギュラーだったが、現在は
フットボールアワーと2週ごとに交代で出演)である。
1999年に人気番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演し再び注目を浴びる。
その後『めちゃ×2イケてるッ!』に出演したことや、宮迫の「宮迫です」の自己紹介ネタが
定着したことなどから再び人気に火が点き始めた。
2000年に、フジテレビの深夜番組『エブナイ』で木曜のレギュラーとして出演。番組での様々な
キャラクターによるコントが視聴者にウケて、木曜の放送は『ワンナイ THURSDAY
〜ウケねらいな俺達〜』と改題された後に『ワンナイR&R』として独立。その後、プライムタイム
へと進出した。これにより、ガレッジセール、山口智充(途中から、平畠啓史との
DonDokoDonとしての出演)らと共に大ブレイクを果たした。
2003年に、初の全国ネットの冠番組『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』を持つ。


【受賞歴】


1992年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
1992年 上方お笑い大賞銀賞
1993年 上方漫才大賞新人奨励賞


【パーソナルデータ:宮迫博之】

大阪市西淀川区出身。私立金光第一高等学校(現・金光大阪高等学校)卒業。
お笑いタレントだけでなく、俳優活動や山口智充(DonDokoDon)とのユニット「くず」としての
音楽活動歴もある。
高校卒業後、警察官を志望して大阪府警察の採用試験を受けるも、不合格となり、NSCに入る。
同期と「ぴいぷる」というコンビを結成するが解散。1989年、蛍原徹とお笑いコンビ
「雨上がり決死隊」を結成。
テレビ等では、常にテンション高くキレることが多いキャラクターで見られているが、実際の
ところ普段はかなり大人しく、時に「根暗」とまで表現される程であることが、相方の蛍原徹や
先輩の松本人志、島田紳助等多数の口から語られている。
自己紹介では自分の頬を叩き、両人差し指を前に突き出し「宮迫〜です!」と言う。この一連の
動きでは頬を叩くのは2回と勘違いしている人が多いが、実際には1回しか叩いていない。これは元々、
自分の頬を叩く「俺はアホかっ」(もしくは「俺のアホっ」)という自虐ギャグから派生した
ものであり、これに「太極拳の型を加えた(本人談)」ものである。
かなりの恐妻家で、妻には頭が上がらない。家事を行なっており、子どもの弁当も作っている。
そのため雨上がり食楽部などではシェフとのアシスタント役として料理を手伝うことも多い。

かつては薄毛であることを芸人仲間に弄られていたが、2008年頃より増毛を目的に
「K-BO-BOプロジェクト」に参加。その結果薄毛が解消され、「前髪が邪魔になるくらい生えた」
とコメントするに至っている。
高所恐怖症である。最近涙もろい。
後輩芸人の面倒見が良いことで知られている。
お笑い芸人ではあるが、元々俳優の仕事に興味があり、俳優になるための手段として、演技の勉強
のためにお笑いをやっていた。

松本人志は「大阪に帰ったとき、懐かしいから二丁目劇場の2階から見物していて、30秒見て売れる
と思ったのが宮迫だった。」と語っている]その松本に才能を見抜かれた影響からか、宮迫が才能を
見抜いた芸人は多くがブレイクしている。
 

【パーソナルデータ:蛍原 徹】

大阪府門真市出身。大阪府立門真高等学校卒業。
少年時代は中学まで野球少年でプロ野球選手になるのが夢だったが、同世代の桑田真澄の球を
見た時「これはダメだ、プロには行けない」と思い、やめた。
科学者にもなりたかったようで「毒物劇物取扱責任者」という、国家資格を取得している。
大学受験に失敗して、やけを起こしNSCへ入学。同期の森田嘉宏(現・コラアゲンはいごうまん)
と共に「ホワイト&ホワイト」というコンビを結成するも解散。「のっぺり星人」という名前で
ピン芸人として活動する。1989年、NSCの同期生だった宮迫博之と雨上がり決死隊を結成。

1990年代初頭、吉本印天然素材でリーダーを務め、器用な仕切りができる芸人として期待を集めた。
徐々に相方である宮迫博之の陰に隠れるような存在になるものの、その落ち着いたポジションは
ボケでもツッコミでもなく「自由人」だと言われる。嫌味のないおっとりとした、人の良さに
溢れたキャラクターである。

ギャンブル好きで熱心な競馬ファンである。売れない時期に競馬で300万円を当てた事があるが、
当たった事を誰にも言わず自分の墓石を買い、それをよく宮迫などに「蛍の墓」と揶揄されている。
自分の車を売った35万円で馬券をたった1枚買い、130万円を当てたこともある。
『北の国から』の大ファンであり、それが転じて「将来的には北海道に移住したい」、
「自分は北海道富良野出身」と公言するほどの北海道好きとなる。自身の結婚式も『北の国から』
ロケ地に近い北海道・美瑛町で行った。また、北の国から『2002・遺言』時のエキストラに一般人
に紛れて応募した。3日間撮影予定だったが、天候に恵まれず撮影中止となった。

カラオケのレパートリーが「JUST ONE MORE KISS」と「ウンジャラゲ」の2曲しかない。
サラサラヘアーのおかっぱ頭が特徴的。ユニリーバ・ジャパンの行った「Lux・髪の毛の
きれいな男性芸能人」のアンケートでは見事2位に選ばれた。


2004年、長年付き合っていた恋人と結婚。
2012年1月に、結婚8年目にて長女が誕生。

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