ココリコ

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所属事務所:吉本興業
メンバー  :遠藤章造 (1971.7.13生まれ・O型・ツッコミ)
        田中直樹 (1971.4.26生まれ・O型・ボケ)



2人は小学生からの同級生。遠藤がサラリーマンを辞め無職だったため、専門学生だった田中を
誘いオーディションへ。結果、見事合格しココリコボンバーズを結成。大阪出身だったが
吉本興業東京本社(東京吉本)からデビューした。

コンビ名は2人が中学生の時拾った手帳に書かれていた「喫茶ココリコ」から。それを届けた
ところ、謝礼として1万円を貰い、縁起のいい名前として付けた。「ボンバーズ」とは当時
「ン」がつくコンビ名は売れるというジンクスがあったため付足した。しかし後に極楽とんぼの
加藤浩次からアドバイスを受け「ボンバーズ」は撤去され現在のコンビ名となった。
当初の仕事は『吉本印天然素材』の前説。初舞台は赤坂プレイボックスでのイベントであった。
その後、『ガキの使い』の前説を経てレギュラーへ昇格する。


大阪NSC11期生である中川家、陣内智則などや、11期生とほぼ同期である藤井隆、海原やすよ・
ともこ等とはお互い同期と番組でも公言しているが、デビューが1992年5月のため実際には
彼らよりほぼ1年先輩であり、厳密には大阪NSC10期出身者(ジャリズム、メッセンジャーなど)
がほぼ同期にあたる。本人達は同じNSC11期出身のたむらけんじに対しても同期として接しているが、
当のたむらはココリコを先輩と思っているという。




【パーソナルデータ:遠藤章造】

大阪府豊中市出身。寒川高等学校卒業。
父親は鳥取県出身。「章造」の名は、米子市議会議員を務める叔父が考えた。
元妻は同い年のタレント千秋。2002年に結婚。関西ローカルの深夜番組『ココリコ海上火災』
での共演がきっかけで、同じ阪神タイガースファンであったことから意気投合。
プロポーズの言葉は「お前と一緒なら、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても楽しく過ごせる気がする」
しかし、2007年12月28日に離婚。

小学2年から野球を始め高校進学時に7つの名門校からスカウトが来たが高校野球激戦区の大阪を
避け、香川県の寒川高校に同校における野球留学1期生として進学し、3年生の時にはキャプテン
を務めた。しかし、スカウトを受けた高校のうち、自分が選んだ高校だけが3年間で甲子園の土
を踏めなかった。
母親が森進一の大ファンで、喜ばせようと子供の頃から森進一のモノマネを始めるようになったが、
披露した際「オカン、オレ森進一に似てきたやろ」とマネしたら、「そこはおふくろさんやろ!」
と突っ込まれたとの事。


【パーソナルデータ:田中直樹】

大阪府豊中市出身。
ネタ作り担当・リーダー。


妻は女優の小日向しえ。2003年6月に結婚し、2児の父である。
口癖は「すげえなー」。
気の弱いいわゆる「ビビリ」で、びっくりするとこけたり、浜田雅功にキレられるドッキリで
泣いたことがある。
喫煙者(マイルドセブン・ライト)。

豊中市立豊島小学校、豊中市立第四中学校卒業。小学生の頃から野球を始め、中学では後に相方と
なる遠藤と同じ準硬式野球部に所属、副主将を務めた。ポジションはキャッチャー。
その後大阪府立桜塚高等学校に入学し、ハンドボール部に所属。高校卒業後はデザイン系専門学校
に進学。在学中に、サラリーマンを辞めて無職だった遠藤に誘われオーディションへ。見事合格し
「ココリコボンバーズ」を結成。大阪出身だが吉本興業東京本社からデビューした。
役者としても活動しており、三谷幸喜監督の2001年公開映画『みんなのいえ』主演、
2005年公開映画『逆境ナイン』の高校野球の監督役、
2006年公開映画『サイレン 〜FORBIDDEN SIREN〜』の島の医者役など。
1999年放映のフジテレビ系列、『世にも奇妙な物語』1999年秋の特別編の一編である「逆男」にて
ドラマ初主演を果たしている。
2008年公開の『チーム・バチスタの栄光』では、一連の事件における重大な位置におかれる人物と
いう大役に抜擢された。
2009年10月17日本公開の映画『ファイナル・デッドサーキット』では吹き替えで主演を務める。

動物好きで、動物に詳しい。
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