たむらけんじ

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所属事務所:吉本興業
メンバー  :たむらけんじ ピン芸人 (田村憲司 1974.2.22生まれ・O型)


大阪府阪南市出身、大阪府立和泉高等学校卒業。
本名:田村 憲司(読み同じ)。愛称「たむけん」
「炭火焼肉たむら」を運営する株式会社田村道場の代表取締役。愛称「たむけん
NSC大阪11期生。同期には陣内智則ケンドーコバヤシ、中川家、ハリガネロック、など。
1992年より大阪府立和泉高等学校の同級生である大北貴洋とコンビ「LaLaLa」を組んで活動して
いたが、1999年8月に解散。以降はピン芸人として活動している。
2001年9月にbaseよしもとを卒業後は東京に進出。主にルミネtheよしもとの舞台で、ピン芸を
やったり新喜劇に参加していた。しかし2003年に拠点を大阪に戻した。

地元の関西で収録される番組では、特にキャラクターを作らず素顔・普通の衣装で出演している。
一方、全国ネットを含む東京の番組では、「獅子舞」「ふんどし」「サングラス」という裸芸人姿が
定着してしまったため、その格好で出演することが大半となっている。ヘアスタイルは、往年の
横山ノックを参考にしたと語っている。スタイルの違いが大きいため、サッカー選手水本裕貴は、
ジェフユナイテッド市原・千葉からガンバ大阪への移籍に伴い関東より大阪に移り住んだ際、「
たむけんが服を来ていることに驚いた」と発言している。

関東におけるスタイルの際は、上半身には旬な一言を書いているが、これはたむらがその都度
「お前字が上手いか?」と聞いて「上手い」と言った芸人に書かせているものである。

2000年代後半以降は飲食事業に力を入れていることで一般的な認知度を広め、実業の他、
淡路島における観光娯楽事業の企画にも参画している。

おなじみのネタ「ちゃー」という一発芸は、たむらの息子が考案し、たむらが5,000円で
買い取ったものである。

焼肉店経営当時「芸で稼げず事業を興した実業が半端な芸人」というネタで茶化されていたが、
事業でかなりの利益があることがオープンになるにつれ、他タレントから「何の肉を使ってるか謎」
「肉の仕入先は大同門(同業種の大手チェーン店)からの出前」、さらには客の食い逃げや
食中毒騒ぎ等、商売に横槍を入れる洒落で難癖をつけられ声を荒げて反駁するパターンが
テレビ番組でまま見られた。稀ではあるが芸人としてのスケジュールの合間を縫って、
たむら本人が店内ホールにて給仕を行ったり、タレント仲間や事務所の後輩芸人などに焼肉を
振舞っている様子などが目撃されている。


2006年12月、大阪市城東区(蒲生四丁目)に焼肉の店「炭火焼肉たむら」1号店をオープン。
店の看板のロゴ文字は、後輩芸人の中でもかなり絵心のある野性爆弾 川島邦裕による。
そもそもは義母が経営していた店舗だったが、諸事情により、本人が経営を引き継ぐことになった。
2007年11月1日には、大阪市中央区南船場に2号店をオープン。
2008年6月6日、名古屋市の複合施設「サンシャイン栄」6階に、ファッションデザイナーのNIGOが
デザインを手がけたVIPルーム完備の焼肉店「炭火焼肉たむら」3号店をオープン。
2008年7月10日、神戸市・須磨海水浴場内の海の家「fu-rin」に、「
炭火焼肉たむら 須磨の海の家店」を8月31日までの期間限定で出店。
2009年6月6日、「鉄板焼たむら」をオープン。
2010年秋より、ビジネスの専門知識習得を目的として、関西大学商学部の聴講生として通学する
ことを明らかにした。
2011年9月29日、新大阪駅構内のフードコート「大阪のれんめぐり」に「炭火焼肉たむらのお肉が
入ったカレー屋さん」をオープン。

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