いとうあさこ

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所属事務所:マセキ芸能
メンバー いとうあさこ ピン芸人 (伊藤麻子・1970.6.10生まれ・AB型)


東京都渋谷区出身。東郷幼稚園、雙葉小学校、雙葉中学校・高等学校卒業。
舞台芸術学院ミュージカル別科卒業。

父親の職業は元都銀行の頭取で、実家は大豪邸だという。
実は日本でも十本の指に入るほどのお嬢様である。
ただし、本人は19歳の時に家を出ているので(本人曰く「尾崎豊に憧れて家を出て、約20年間がさつ
な生活をしている」)、裕福なエピソードをあまり体験していないらしい。また、小学校から
高校まで女子御三家と称される有数の名門校雙葉学園に通っていたが、いとうのような生徒、
つまり一流大学に進学しない、芸人になるなど、はその学校では前代未聞とのこと。

ドラマ『やっぱり猫が好き』を見て、コメディ女優を志し、演劇学校に入ろうと決意。
しかしバイト先で知り合った男性に恋をし、同棲を始めたが、男性がいわゆる「ヒモ」で本人が
馬車馬のように働く。
やっとお金が貯まった1994年(当時24歳)の時に、舞台芸術学院に入学。ミュージカルを専攻し、
クラスの友人を誘い喜劇をしていた。
芸人になろうと思ったきっかけは、演劇でコミカルな役柄を与えられる事が多く、人に笑って貰う
のが楽しいと感じるようになったから。コンビで芸人の世界に入った。

1997年、佐藤千亜紀とお笑いコンビ「ネギねこ調査隊」として活動を開始。ネギねこ調査隊時代
『進ぬ!電波少年』の電波少年的15少女漂流記(最後は8少女漂流記)という企画に参加した。
仲間内では「おかん」と呼ばれ、信頼が厚かった。その後、最後までリタイヤしなかった8人で
「8/15」というグループを組み、久保田利伸プロデュースでCDを発売している。

しかしその後2001年にいとうが単独で『電波少年』の企画に参加し、長期間コンビ活動ができなく
なったことが決定打となり、2003年5月に解散。ピン芸人として活動を始めた。ピン芸人当初は
「伊藤麻子」と漢字表記だったが、「暗く固いイメージがある」という理由から、『エンタの神様』
に出演する際に現在のひらがな名義にした。この頃から徐々にネタ番組などに出演し始める。

ライブではコスプレによる一人コントを披露。ネタの内容は主に自虐漫談である。

酒豪である。

交友関係は広く、姉御肌な性格で多くの芸人から「あさこ姉」と親しまれている。
特に仲良い芸人は、オアシズ大久保佳代子、椿鬼奴、北陽虻川など。

付き合っていた男性は神戸・大阪・京都出身という3人で、全員基本的にヒモタイプだという。
しかも全員付き合いだして1か月で仕事を辞めている。当時はバブル時代で、派遣のウエイトレス
として朝から夜遅くまで働いていた。3人に貢いだ総額は1200万円ほど。
初めてできた彼氏は熱燗を飲んだ勢いで初体験をした人で、20歳の時だった。
2人目の彼氏も赤ワインの勢いで付き合い、3人目はイモ焼酎だった。


【受賞歴】

2010年 R-1ぐらんぷり 5位
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